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角運動量の昇降演算子の交換関係と物理的意味について

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昇降演算子とは、固有方程式の固有値を変化させることができるような演算子のことである。固有値を上げるような演算子を上昇演算子、下げるような演算子を下降演算子とよぶ。

この記事では、角運動量演算子の昇降演算子の定義と、その物理的意味を紹介する。

昇降演算子の定義

角運動量の上昇演算子をˆL+、下降演算子をˆLと表すと、これらは次のように定義される。

ˆL+ˆLx+iˆLy
ˆLˆLxiˆLy

昇降演算子の交換関係

昇降演算子の物理的意味を探る準備として、まずは次の主要な交換関係を導く。

[ˆLi,ˆLj]=iħϵijkˆLkの導出

完全反対称テンソルについて

式中のϵijkは、完全反対称テンソルと呼ばれるものである。添字i,j,kには数字の1,2,3のどれかが入る。

ϵijk{1()1()0()

参考:完全反対称テンソルの値と添字について

本題の導出

[ˆLi,ˆLj]=iħϵijkˆLk

という式は、いくつかの式をまとめて表現したものである。

添字i,j,kに入り得る数字1,2,3は、それぞれx軸、y軸、z軸に対応する。ここで、x軸・y軸・z軸が対応しているのはそれぞれ数字1,2,3であって、添字i,j,kに対応しているのではないことに注意する。添字はあくまで数字1,2,3(x,y,z軸)の入れ物に過ぎないということである。

ここでは、

[ˆLx,ˆLy]=iħϵ123ˆLz

の導出を行う。軌道角運動量の各軸成分の具体形は下の記事を参照してください。

参考:軌道角運動量とスピン角運動量の違い

[ˆLx,ˆLy]=ˆLxˆLyˆLyˆLx=(ħi)2[(yzzy)(zxxz)(zxxz)(yzzy)]=(ħi)2[(yz(zx)yz(xz)zy(zx)+zy(xz))(zx(yz)zx(zy)xz(yz)+xz(zy))]=(ħi)2[(yz(zx)yx2z2z22yx+zx2yz)(zy2xzz22xyxy2z2+xz(zy))]=(ħi)2[(yz(zx)+zx2yz)(zy2xz+xz(zy))]=(ħi)2[(yx+yz2zx+zx2yz)(zy2xz+xy+xz2zy)]=(ħi)2(yxxy)=ħ2(xyyx)=iħħi(xyyx)=iħˆLz

以上で、

[ˆLx,ˆLy]=iħˆLz

の導出が完了した。同様の手順で、

[ˆLy,ˆLx]=iħˆLz, [ˆLx,ˆLz]=iħˆLy, [ˆLz,ˆLy]=iħˆLx
[ˆLy,ˆLz]=iħˆLx, [ˆLz,ˆLx]=iħˆLy

も導出できる。

また、次のような同じ軸成分の角運動量の交換関係は0になる。

[ˆLx,ˆLx]=0, [ˆLy,ˆLy]=0, [ˆLz,ˆLz]=0

以上の式をまとめたものが、

[ˆLi,ˆLj]=iħϵijkˆLk

である。

[ˆLz,ˆL±]=±ħˆL±の導出

5行目で上の公式を使っている。

[ˆLz,ˆL±]=ˆLzˆL±ˆL±ˆLz=ˆLz(ˆLx±iˆLy)(ˆLx±iˆLy)ˆLz=(ˆLzˆLx±iˆLzˆLy)(ˆLxˆLz±iˆLyˆLz)=[ˆLz,ˆLx]±i[ˆLz,ˆLy]=iħˆLy±(i2ħˆLx)=iħˆLy±ħˆLx=±ħ(ˆLx±iˆLy)=±ħˆL±

[ˆL2,ˆL±]=0の導出

ˆL2=ˆL2x+ˆL2y+ˆL2z

だから、

[ˆL2,ˆLx]=[ˆL2x+ˆL2y+ˆL2z,ˆLx]=(ˆL2x+ˆL2y+ˆL2z)ˆLxˆLx(ˆL2x+ˆL2y+ˆL2z)=ˆL2yˆLxˆLxˆL2y+ˆL2zˆLxˆLxˆL2z=(ˆL2yˆLxˆLyˆLxˆLy)+(ˆLyˆLxˆLyˆLxˆL2y)+(ˆL2zˆLxˆLzˆLxˆLz)+(ˆLzˆLxˆLzˆLxˆL2z)=ˆLy[ˆLy,ˆLx]+[ˆLy,ˆLx]ˆLy+ˆLz[ˆLz,ˆLx]+[ˆLz,ˆLx]ˆLz=ˆLy(iħˆLz)+(iħˆLz)ˆLy+ˆLz(iħˆLy)+(iħˆLy)ˆLz=0

同様に、

[ˆL2,ˆLy]=0

よって、

[ˆL2,ˆL±]=[ˆL2,ˆLx±iˆLy]=[ˆL2,ˆLx]+[ˆL2,±iˆLy]=0

昇降演算子の物理的意味

角運動量演算子が満たす固有方程式

角運動量演算子は、次の固有方程式を満たす。

ˆLzY(θ,φ)=mħYml(θ,φ)

式中のYml(θ,φ)は球面調和関数というものである。l,mはそれぞれ方位量子数と磁気量子数である。

Yml(θ,φ)(1)m+|m|2(2l+14π)(l|m|)!(l+|m|)!Pml(cosθ)eimφ

以降の変形では球面調和関数の量子数に注目してほしいため、ここではこの球面調和関数をケットベクトルを使って次のように表すことにする。

|l,m>≡Yml(θ,φ)

これを使って最初の固有方程式を書き換える。

ˆLz|l,m>=mħ|l,m>

ケットベクトルに昇降演算子を適応させてみる

ˆL±|l,m>に演算子ˆLzを適応させた場合

もしケットベクトルを、昇降演算子を適応させたものに入れ替えたらどうなるだろうか。

ˆLz(ˆL±|l,m>)=mħ(ˆL±|l,m>)

上で導出した公式を利用すると、この式の左辺は次のように変形できる。

ˆLz(ˆL±|l,m>)=(ˆLzˆL±)|l,m>=([ˆLz,ˆL±]+ˆL±ˆLz)|l,m>=(±ħˆL±+mħˆL±)|l,m>=ħ(m±1)(ˆL±|l,m>)

この固有方程式から、ケットベクトルに昇降演算子を適応させると、ˆLzによる固有値がħだけ増減することがわかる。固有値が変化するということはつまり、ケットベクトルの量子数mの値が次のように変化しているということになる。

ˆLz(ˆL±|l,m>)=ħ(m±1)|l,m±1>

ˆL±|l,m>に演算子ˆL2を適応させた場合

今度はˆL±|l,m>に演算子ˆL2を適応してみる。

ˆL2Y(θ,φ)=ħ2l(l+1)Yml(θ,φ)

に注意すると、

ˆL2(ˆL±|l,m>)=(ˆL2ˆL±)|l,m>=([ˆL2,ˆL±]+ˆL±ˆL2)|l,m>=(ˆL±ˆL2)|l,m>=ħ2l(l+1)ˆL±|l,m>

変形前後のみを取り出すと、

ˆL2(ˆL±|l,m>)=ħ2l(l+1)ˆL±|l,m>

これは、演算子ˆL2を適応させる前後で固有値が変化しないことを意味する。

2つの固有方程式からわかったこと

以上のことをまとめると、「ˆL±|l,m>に演算子ˆLzを適応させたらケットベクトルの量子数mm±1に変わるが、演算子ˆL2を適応させても量子数lは変わらない」ということになる。

このことを1つの数式でまとめると次のようになる。ただし、C±は定数である。

ˆL±|l,m>=C±|l,m±1>

ケットベクトルは球面調和関数の書き換えであったが、球面調和関数は波動関数を極座標で表したときの角度成分を表しているものであった。

したがって、昇降演算子をブラベクトルに作用させることで、波動関数の量子数を増減させることができるといえる。

C±の値について

上で求めた式

ˆL±|l,m>=C±|l,m±1>

に含まれるC±はまだ求められていないので、これを求めてみる。

上と同じように、まずは下準備として次の有名な交換関係などの導出を行う。

[ˆL+,ˆL]=2ħˆLzの導出

[ˆL+,ˆL]=ˆL+ˆLˆLˆL+=(ˆLx+iˆLy)(ˆLxiˆLy)(ˆLxiˆLy)(ˆLx+iˆLy)=(ˆL2xi[ˆLx,ˆLy]+ˆL2y)(ˆL2x+i[ˆLx,ˆLy]+ˆL2y)=2i[ˆLx,ˆLy]=2ħˆLz

ˆL±ˆL=ˆL2ˆLz(ˆLzħ)の導出

ˆL±ˆL=ˆL2x+ˆL2yi[ˆLx,ˆLy]=(ˆL2x+ˆL2y+ˆL2z)ˆL2zi2ħˆLz=ˆL2ˆLz(ˆLzħ)

C±の導出

ブラケットベクトルを用いて、次の内積を計算する。

<l,m|ˆLˆL±|l,m>=<l,m±1|C2±|l,m±1>=C2±<l,m±1|l,m±1>=C2±

ここで、波動関数は

<l,m±1|l,m±1>=Y(m±1)l(θ,φ)Y(m±1)l(θ,φ)=|Y(m±1)l(θ,φ)|2=1

に規格化されていることに注意する。また、ˆL2ˆLzに関する固有方程式より、

<l,m|ˆLˆL±|l,m>=<l,m|ˆL2ˆLz(ˆLz±ħ)|l,m>=<l,m|ˆL2|l,m><l,m|ˆLz(ˆLz±ħ)|l,m>=ħ2l(l+1)<l,m|l,m>ħ2m(m±1)<l,m|l,m>=ħ2[l(l+1)m(m±1)]

以上より

C2±=ħ2[l(l+1)m(m±1)]

だから、

ˆL±|l,m>=ħl(l+1)m(m±1)|l,m±1>

まとめ

・昇降演算子を次のように定義した。

ˆL±ˆLx±iˆLy

・昇降演算子をブラベクトルに作用させることで、波動関数の量子数を増減させることができる。

・昇降演算子を作用させる前後の関係式は、次のようになる。

ˆL±|l,m>=ħl(l+1)m(m±1)|l,m±1>

参考文献

原田勲・杉山忠男(2009)『講談社基礎物理学シリーズ6 量子力学I』,講談社.

二宮正夫・杉野文彦・杉山忠男(2010)『講談社基礎物理学シリーズ7 量子力学II』,講談社.

村上雅人(2008)『なるほど量子力学III』,海鳴社.

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