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パウリのスピン行列の導出

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電子は電荷量のほかにも、角速度の次元を持ったパラメータを持っている。このパラメータのことをスピンとよぶ。このスピンを表現するために、行列式を使った固有方程式が使われる。その固有方程式中の行列のことを、スピン行列とよぶ。

この記事では、電子などの素粒子のスピン行列を導出する。

スピン量子数とスピン磁気量子数の関係

前の記事では、軌道角運動量の固有方程式における方位量子数と磁気量子数の関係が、スピン演算子の固有方程式におけるスピン量子数とスピン磁気量子数に対応していることを示した。スピン量子数は半整数になり得ることに注意すると、スピン量子数とスピン磁気量子数の関係は次のように書ける。

ms=s,s+1,,s1,s

参考:軌道角運動量とスピン角運動量の違い

例えば、電子のスピン量子数は、実験値より

s=12

となっている。したがって、電子のスピン磁気量子数は

ms=±12

の2通り存在する。ms=+1/2は上向きスピン、ms=1/2は下向きスピンに対応する。

電子のスピン行列の導出

上向きスピンと下向きスピンのベクトル

ここでは、上向きスピンに対応する固有ベクトル|↑>

|↑>≡(10)

下向きのスピンに対応する固有ベクトル|↓>

|↓>≡(01)

と定義する。パウリのスピン行列とは、この|↑>|↓>を固有ベクトルとする固有方程式に含まれる行列のことである。

参考:ブラベクトル・ケットベクトルの意味とは

スピンの昇降演算子がスピンのベクトルに与える影響

そもそも昇降演算子とは、固有ベクトルに作用することで、固有方程式の固有値を増減させるような演算子のことであった。事実、ケットベクトル|l,m>に軌道角運動量の昇降演算子ˆL±を作用させたら、ケットベクトル中の磁気量子数mが増減した。したがって、もし昇降演算子をスピンを表すベクトル|↑>,|↓>に作用させたら、スピン磁気量子数が増減するだろうと予想できる。

そしてスピン磁気量子数が増減するということは、|↑>から|↓>への遷移やその逆の遷移が起こるということになる。|↑>|↓>が対応するスピン磁気量子数はそれぞれ+1/21/2だから、|↑>に下降演算子ˆsを適応させれば|↓>|↓>に上昇演算子ˆs+を適応させれば|↑>が得られると考えられる。

軌道角運動量の昇降演算子は

ˆL±|l,m>=ħl(l+1)m(m±1)|l,m±1>

を満たす。そしてこの式のスピンバージョンは次のようになる。lはスピン量子数smはスピン磁気量子数msに対応していることに気を付ければ、簡単に次の式が導けるはずだ。

ˆs+|↓>=ħ|↑>
ˆs|↑>=ħ|↓>

一応前者の式の解説を載せる。この式では上昇演算子ˆs+を使っているため、途中のms(ms±1)±の符号は正になる。元のˆL±に関する固有方程式に注目すれば、msに代入すべきは+1/2でなく1/2であることもわかるだろう。後者の式も同様に考えれば求まる。

ˆs+|↓>=ħs(s+1)ms(ms+1)|↑>=ħ12(12+1)(12)(12+1)|↑>=ħ|↑>

また、電子のスピンは2種類しか存在しないため、|↑>ˆs+を適応させたり、|↓>ˆsを適応させたりすることには意味はない。そもそもその操作によって得られる状態が物理的に存在しないということである。したがって、次の式を得る。

ˆs+|↑>=0
ˆs|↓>=0

昇降演算子の具体形

スピンの昇降演算子ˆs±は、具体的には次のような形になる。実際に上の式に代入して確かめてみよう。

ˆs+=(0ħ00)
ˆs=(00ħ0)

x,y軸方向のスピン演算子

軌道角運動量のときと同じように、昇降演算子を定義する。

ˆs+ˆsx+iˆsy
ˆsˆsxiˆsy

これをˆsxˆsyに関する連立方程式として解くと、次の関係を得る。

ˆsx=12(ˆs++ˆs)
ˆsy=12i(ˆs+ˆs)

あとはこの式の昇降演算子ˆs±に、具体形を代入すればよい。

ˆsx=12(ˆs++ˆs)=12[(0ħ00)+(00ħ0)]=ħ2(0110)
ˆsy=12i(ˆs+ˆs)=12i[(0ħ00)(00ħ0)]=ħ2(0ii0)

z軸方向のスピン演算子

軌道角運動量演算子ˆLzでは次の固有方程式

ˆLz|l,m>=mħ|l,m>

が成り立ったが、これのスピン演算子バージョンが

ˆsz|↑>=msħ|↑>
ˆsz|↓>=msħ|↓>

である。以降、これを満たすスピン演算子ˆszを求める。

上下スピンに対応する固有ベクトルとスピン演算子の行列

電子のスピン量子数s

s=12

だから、電子のスピン磁気量子数ms

ms=±12

の2通りとなる。+1/2が上向きスピン、1/2が下向きスピンに対応する。

上の|↑>|↓>の定義を考慮すると、z軸のスピン演算子を表す行列ˆszは次のように定義すれば都合が良い。

ˆsz=ħ2(1001)

事実、上向きスピンに関しては

ˆsz|↑>=ħ2(1001)(10)=ħ2(10)=ħ2|↑>

となるし、下向きスピンに関しては

ˆsz|↓>=ħ2(1001)(01)=ħ2(01)=ħ2|↓>

となるため、それぞれのスピンに関して固有方程式

ˆsz|↑>=msħ|↑>
ˆsz|↓>=msħ|↓>

が成立しているといえる。

以上で、z軸方向のスピン演算子が求められた。

スピン演算子とパウリ行列

スピン演算子ˆsは、x,y,z軸のそれぞれの成分のスピン演算子ˆsx,ˆsy,ˆszをまとめたものである。

ˆs=(ˆsx,ˆsy,ˆsz)

そして、今まで求めてきたように、ˆsx,ˆsy,ˆszはそれぞれ次のように定義される。

ˆsxħ2(0110)
ˆsyħ2(0ii0)
ˆszħ2(1001)

本によってはディラック定数ħが抜けているものもあるため、その場合はその本や教授に従うこと。

そしてパウリのスピン行列は、スピン演算子の行列部分のことを指す。

σx=(0110)
σy=(0ii0)
σz=(1001)

したがって、スピン行列の記号を使ってスピン演算子を記述すると、

ˆsxħ2σx
ˆsyħ2σy
ˆszħ2σz

以上でパウリのスピン行列が求められた。

より一般的なスピン行列の求め方

ここまでは電子のような、スピン量子数が1/2のスピン演算子の求め方を紹介した。だが、もちろんすべての素粒子のスピンが1/2というわけではない。例えば光子のスピンは1であり、グラビトン(重力子)のスピンは2であるとされている。そのような粒子のスピン行列を求めようにも、上の方法では不可能である。

ただし、次の方程式を利用すれば、1/2以外のスピン量子数を持つ素粒子のスピン演算子を求められる。

<s,ms|ˆsz|s,ms>=mħδms,ms
<s,ms|ˆs±|s,ms>=ħs(s+1)ms(ms±1)δms,ms1
<s,ms|ˆs2|s,ms>=s(s+1)ħ2δms,ms

参考:角運動量の昇降演算子の交換関係と物理的意味について

これらの導出についてだが、ここでは一番上の式のみ紹介する。他の式も同様に求められる。単純に、元々の方程式の両辺の左側からブラベクトル<s,ms|をつければ良い。

<s,ms|ˆsz|s,ms>=<s,ms|mħ|s,ms>=mħ<s,ms|s,ms>=mħδms,ms

演算子とその行列表記について

演算子ˆAの行列成分Aijは次のように書けた。

Aij=<i|A|j>

ここからスピン行列を導出するには、上の固有方程式中のスピン磁気量子数msmsが演算子の行列の行と列に対応していると考える。つまり、行列の行と列の数は、スピン磁気量子数の数と一致するといえる。このことから、求める行列は正方行列だとわかる。

x,y軸成分のスピン行列

1/2スピンのときと同様に、昇降演算子を経由してスピン行列を求める。

上昇演算子ˆs+について、

<s,ms|ˆs+|s,ms>=ħs(s+1)ms(ms+1)δms,ms+1

が成立する。まず、クロネッカーのデルタδms,msより、列番号が行番号+1になるような要素のみ0以外の数字になり得ることがわかる。smsの関係を考えると、次の関係が予想できる。

ˆs+=(<s,s|ˆs+|s,s><s,s|ˆs+|s,s1><s,s|ˆs+|s,s><s,s1|ˆs+|s,s><s,s1|ˆs+|s,s1><s,s1|ˆs+|s,s><s,s|ˆs+|s,s><s,s|ˆs+|s,s1><s,s|ˆs+|s,s>)=(0<s,s|ˆs+|s,s1>0000<s,s1|ˆs+|s,s2>0000<s,s+1|ˆs+|s,s>0000)

同様にして、下降演算子ˆsも次のようになる。こちらは、行番号が列番号+1になるような要素のみ0以外の数字になり得る。

ˆs=(<s,s|ˆs|s,s><s,s|ˆs|s,s1><s,s|ˆs|s,s><s,s1|ˆs|s,s><s,s1|ˆs|s,s1><s,s1|ˆs|s,s><s,s|ˆs|s,s><s,s|ˆs|s,s1><s,s|ˆs|s,s>)=(0000<s,s1|ˆs|s,s>0000<s,s2|ˆs|s,s1>0000<s,s|ˆs|s,s+1>0)

例えばスピンが1の場合、上の行列中のsに1を代入すれば良い。

ˆs+=(0<1,1|ˆs+|1,0>000<1,0|ˆs|1,1>000)
ˆs=(000<1,0|ˆs|1,1>000<1,1|ˆs|1,0>0)

このように、s=1を代入すると、求める行列は3×3の正方行列となることが予想できる。したがって、この場合のスピンを表すベクトルは次の3種類が予想される。

(100), (010), (001)

後は、

ˆs+(001)=ħ1(1+1)(1)((1)+1)(010)
ˆs+(010)=ħ1(1+1)0(0+1)(100)
ˆs+(100)=0
ˆs(100)=ħ1(1+1)1(11)(010)
ˆs(010)=ħ1(1+1)0(01)(001)
ˆs(001)=0

を満たすような昇降演算子を求めれば良い。

ˆs+=ħ(020002000)
ˆs=ħ(000200020)

後は、昇降演算子とx,y成分のスピン演算子の関係

ˆsx=12(ˆs++ˆs)
ˆsy=12i(ˆs+ˆs)

を利用して、x,y成分のスピン行列を求めれば良い。

ˆsx=12(ˆs++ˆs)=ħ2[(020002000)+(000200020)]=ħ2(020202020)=ħ2(010101010)
ˆsy=12i(ˆs+ˆs)=ħ2i[(020002000)(000200020)]=ħ2i(010101010)=ħ2(0i0i0i0i0)

z軸成分のスピン行列

<s,ms|ˆsz|s,ms>=mħδms,ms

に注目する。まず、クロネッカーのデルタδms,msより、求めたい行列の行番号と列番号が同じでない要素はすべて0になることがわかる。

前と同じように、msmsがスピン行列の行と列に対応していると考える。スピン量子数sとスピン磁気量子数msの関係にも注意すると、求めるスピン行列ˆszは次のように書ける。

ˆsz=(<s,s|ˆsz|s,s><s,s|ˆsz|s,s1><s,s|ˆsz|s,s><s,s1|ˆsz|s,s><s,s1|ˆsz|s,s1><s,s1|ˆsz|s,s><s,s|ˆsz|s,s><s,s|ˆsz|s,s1><s,s|ˆsz|s,s>)=(<s,s|ˆsz|s,s>000<s,s1|ˆsz|s,s1>000<s,s|ˆsz|s,s>)

例えばスピンが1の場合、上の行列中のsに1を代入すれば良い。

ˆsz=(<1,1|ˆsz|1,1>000<1,0|ˆsz|1,0>000<1,1|ˆsz|1,1>)

このように、s=1を代入すると、求める行列は3×3の正方行列となることが予想できる。したがって、この場合のスピンを表すベクトルは次の3種類が予想される。

(100), (010), (001)

それぞれの固有ベクトルが対応するスピン磁気量子数を、順に

ms=1, 0,1

とする。後は、

ˆsz|s,ms>=msħ|s,ms>

を満たすように行列要素を求めていけば良い。その結果、次の行列を得られる。

ˆsz=ħ(100000001)

まとめ

・スピンとは、角運動量の次元を持つ素粒子のパラメータのことである。

・スピン行列の求め方を紹介した。

参考文献

原田勲・杉山忠男(2009)『講談社基礎物理学シリーズ6 量子力学I』,講談社.

二宮正夫・杉野文彦・杉山忠男(2010)『講談社基礎物理学シリーズ7 量子力学II』,講談社.

村上雅人(2008)『なるほど量子力学III』,海鳴社.

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